感情的に叱ってしまった夜の後悔|27年間で気づいた「叱ること」の本当の意味

現場の知恵(マインド・仕事術)

感情的に叱ってしまった、あの日のこと

係長になりたての頃、感情的に叱ってしまったことがある。

部下がミスをした。内容は今となっては細かく覚えていないが、そのとき自分の中で何かがぷつりと切れた。声を荒げた。言いすぎた、と気づいたのは、部下が黙って頭を下げたあとだった。

その夜、後悔した。「あんな言い方をしなければよかった」と。

翌日、部下は普通に出勤してきた。関係が壊れたわけでもなかった。それどころか、しばらくして「昨日言われたことを考えてみました」と言いに来た。どうやら、感情的に言ってしまった言葉の中に、部下が自分なりに落とし込んでくれた何かがあったようだった。

救われた、と思った。でも同時に気づいた。

これはたまたまだ。

部下がついてきてくれたのは、叱り方が良かったからではない。その部下の器が大きかったからだ。感情的な叱り方で伝わったのではなく、部下が自分で考えて消化してくれただけだ。次はそうなるとは限らない。

その気づきが、叱り方を変えるきっかけになった。


「感情的になると、先を見据えた指導ができなくなる」

感情的な叱り方をやめようと思った理由は、もう一つある。

感情的になってしまうと、先を見据えての指導ができなくなる。

これが、27年間部下育成を大切にしてきた自分が気づいた、一番重要なことだ。

感情をぶつけることに意識が向いているとき、「この部下に何を学んでほしいか」「このミスをどう次に活かすか」という視点が、頭から消える。叱ることが目的になってしまって、育てることが目的でなくなる。

部下育成は、一度の叱責で完結するものではない。この部下が1年後、3年後にどうなってほしいか。そこから逆算して、今何を伝えるべきかを考える。感情的になると、その長期的な視点が失われる。

「叱ること」は、部下を育てるための手段だ。手段が目的になってしまった瞬間、指導は機能しなくなる。


「叱ること」と「怒ること」は、目的が違う

感情的な叱り方をやめてから、「叱ること」と「怒ること」の違いがはっきりわかるようになった。

怒ることは、自分の感情を相手にぶつけることだ。目的は自分の感情を発散することであって、部下の成長ではない。

叱ることは、部下の行動や結果を改善するために、問題点を明確に伝えることだ。目的は部下の成長と行動の改善だ。

感情的になっていたあの頃の自分は、「叱っているつもり」で「怒っていた」だけだった。怒鳴られた部下の頭に残るのは、叱られた内容ではなく「怖かった」という感情だけだ。伝えたつもりが、何も伝わっていない。

あの部下がたまたま自分で落とし込んでくれなければ、何も変わらなかった。それが「たまたま」だったと気づいたとき、叱り方を根本から変えようと思った。


感情を使わずに叱るために、実際にやっていること

感情的にならないために、意識して続けてきたことがある。

叱る前に、まず事実を確認する。 自分の思い込みで叱ってしまうことを防ぐために、まず「何が起きたか」を穏やかに聞く。以前、部下が書類の提出を忘れたと思って叱ろうとしたところ、確認してみると自分が「来週でいい」と伝えていたことがあった。叱る前の確認は、誤った叱責を防ぐ最初の関門だ。

感情が高ぶっているときは、すぐに叱らない。 「30分後に話しましょう」と伝えて、その間に自分の感情を整理する。怒りは時間とともに落ち着く。落ち着いた状態で話す方が、伝えるべきことが伝わる。

「行動」だけを指摘する。 「なんでこんなこともできないんだ」という人格への攻撃は絶対にしない。「この件の報告が遅れたことで、△△という問題が生じました」と、行動と結果だけを事実として伝える。人格を否定された部下は萎縮するか反発するかのどちらかだ。行動を指摘された部下は「次はこうすればいい」という方向が見える。

「なぜ問題なのか」を必ず伝える。 「報告が遅かった」という事実の指摘だけでは、部下は「次は早く報告しなければ」と思うだけだ。「なぜ報告が大切なのか」という理由がわかると、同じ状況が起きたときに自分で判断できるようになる。「なぜ」を伝えることが、再発防止の本質だ。

「次はどうするか」を一緒に考える。 叱った後、「具体的にどう気をつけるか」を部下自身に言葉にさせる。上司が答えを与えるのではなく、部下が自分で考えた対策は、実行しやすくなる。


人前では叱らない

叱る場所も、27年間で意識するようになったことのひとつだ。

他の社員がいる場所で叱ることは避ける。人前で叱られた部下は、内容より「恥ずかしかった」という感情が残り、上司への不信感につながる。

「後で少し話しましょう」と伝えて、場所を変えてから話す。それだけで、部下が叱られた内容を受け取れる状態が全然違う。


叱った後のフォローが、関係を決める

叱った後のフォローも、同じくらい大切だと思っている。

叱った翌日、気まずい雰囲気を長引かせないようにしている。普通に「おはよう」と声をかけ、通常通りに接する。「昨日のことは昨日、今日は今日」という姿勢が、関係の修復を早める。

そして、改善が見られたとき、必ずそれを言葉にして伝える。「先週の件を踏まえて、今回はすぐに報告してくれましたね」という一言が、部下の自信につながる。叱ることと認めることがセットになって、初めて有効な指導になる。

叱るだけで認めない上司のもとでは、部下はいつまでも萎縮し続ける。


守れなかった部下のことが、今もある

叱り方を変えてからも、完璧ではなかった。

以前、部下が同僚から陰で辛辣なことを言われていたのに気づけなかった。傾聴を心がけていたはずなのに、一番しんどいときに気づいてあげられなかった。その部下は体調を崩して休職し、復職と休職を繰り返した。

「叱り方」を変えることと、「気づく力」を持つことは、別の話だった。叱り方は変えられた。でも、部下が発するサインを見逃さない力は、まだ十分ではなかった。

その後悔があるから、今は叱ることだけでなく、日頃から部下の様子に目を向けることを大切にしている。


まとめ:叱ることは、育てることの手段

27年間で気づいた「叱ること」の本質をひと言でまとめるなら:

叱ることは、部下を育てるための手段だ。手段が目的になったとき、指導は機能しなくなる。

感情的になると、先を見据えた指導ができなくなる。部下の1年後・3年後を思い描きながら、今何を伝えるべきかを考える。その視点を持ち続けることが、27年間で私が叱り方に求めてきたものだ。

あの夜、感情的に叱ってしまって後悔した経験がなければ、この気づきはなかった。失敗があったから、変われた。それだけは、確かだと思っている。


このブログでは、高卒・係長として27年間働いてきたリアルな経験をもとに、仕事やキャリアについて正直に書いています。格好いい話ばかりではなく、失敗や後悔も含めて。

タイトルとURLをコピーしました