入社10年目のころ、自分にしか解読できないExcelシートを作っていた時期がある。
VLOOKUPの中にIFが入り、さらにその中にINDEX・MATCHが入る。こうした複雑な数式を駆使して作ったシートは、確かにきちんと動いていた。だが異動で引き継ぎをすることになったとき、後任の担当者から「何をしているのかまったく分からない」と言われ、結局一から作り直すことになった。
数十時間かけて作ったシートが、引き継ぎの場で丸ごと「負債」になった瞬間だった。当時、月次集計の作業をこのシートで改善し、月間12時間の工数削減にまでこぎつけていただけに、それが誰にも引き継げない形になっていたことがショックだった。
この経験が、Excelに対する自分の考え方を根本から変えた。「自分が使えるシートを作る」から「誰が触っても壊れないシートを作る」へ。この転換は、27年間の中でも大きな気づきの一つだ。
シートが壊れる本当の原因は、技術ではなく設計にある
振り返ってみると、あのシートが壊れやすかったのは、技術力が足りなかったからではない。むしろ逆で、技術を詰め込みすぎたことが原因だった。
一つのシートに、データの入力欄と複雑な計算式と印刷用のフォーマットを全部詰め込んでいた。誰かがどこか一箇所を触っただけで、全体が崩れる作りになっていたのだ。人間の頭が、複数の役割を同時に処理するのが苦手なのと同じで、Excelシートも役割が混在しているほど「どこを触っていいか」が分からなくなる。
さらに、関数のネスト(入れ子)が深くなりすぎていた。これは自分のための技術であって、組織のための設計ではなかった。作った本人にしか修正できない関数は、その人が異動した瞬間に、誰も手を出せないシートになる。
たどり着いた「3層構造」という設計
あの引き継ぎの失敗の後、シートを3つの役割に分けて設計するようになった。
まず入力用シート。ユーザーが数値を入れる専用の場所で、入力できるセルだけ背景色を変え、「ここにだけ入れてください」という意思表示をはっきりさせる。セルの保護機能や入力規則も設定し、想定外の値が入らないようにしておく。
次に計算用シート。VLOOKUPやIF関数などの計算式はここに集約する。普段は非表示にしておき、ユーザーが触れないようにする。複雑な計算は一行にまとめず、ステップごとに作業列を分けて配置する。それぞれの列の横に「この列は何を計算しているか」を書き添えておくと、後日のチェックが格段に楽になる。
最後に出力シート。印刷や報告用の、整理された画面だ。ここでは計算シートを参照するだけで、直接入力は一切行わない。この3層に分けるだけで、Excelの保守性は劇的に変わる。
いきなりパソコンに向かわず、まず紙に書く
新しいシートを作るとき、いきなりパソコンに向かって関数を打ち込むのではなく、まずノートにデータの流れを矢印で書き出すようにしている。
何を入力するのか、何を計算するのか、何を出力するのか。この3つを紙の上で整理する時間は、作業全体の2割程度でしかない。だが、この2割が、残り8割の作業の質とスピードを決めている。パソコンの前で悩む時間の大半は、実は事前の設計不足が原因だと、27年働いてきて実感している。
「一ヶ月後の自分が読めるか」を関数の基準にする
高度な関数を使いこなすこと自体は悪いことではない。ただ、事務職として目指すべきは、複雑さを誇示することではなく、誰が見ても理解できる関数で構成することだと思っている。
複雑な計算を一つのセルに詰め込もうとせず、作業列を惜しみなく使って計算のステップを分解する。列が増えても構わない。透明性の方が、コンパクトさより価値がある。関数を書き終えたら、「一ヶ月後の自分がこれを読んで、すぐに理解できるか」を自分に問いかける。理解できる自信がなければ、シンプルにし直す。この基準を持つようになってから、複雑すぎる設計を自然と避けられるようになった。
コメント機能は、未来の誰かへの手紙
セルにコメントを残す機能を使って、重要な計算には「なぜこの計算方法を選んだか」「変更してはいけない理由」を書き添えるようにしている。
自分が作った時点では当たり前に見えることでも、他の人には全く分からないことがほとんどだ。係長として部下のシートを引き継いだとき、コメントがあるシートとないシートとでは、内容を把握するのにかかる時間がまったく違った。コメントを残す習慣は、いずれ引き継ぐことになる「未来の誰か」への、ささやかな思いやりだと思っている。
壊れにくいシートは、組織の負担を減らす
上手なExcelシートを作れる人は、事務所の中にも何人かいる。だが「誰が触っても壊れない」状態が当たり前になっているチームは、まだそう多くない。
自分がいなくなった後も、その仕組みが回り続けるようにすること。これが事務職の仕事の本質だと思っている。必要なのは、技術の高さを見せつけることではなく、次に触る人への配慮だ。あの引き継ぎの失敗があったからこそ、今はそれを確信を持って言える。

