ビジネス書より時代小説を読む|戦国武将の判断から仕事を学んだ、27年間の読書の話

逆襲の武器(学び・ツール)

実は、ビジネス書はあまり読まない

「27年間で300冊以上のビジネス書を読んだ係長が教える読書術」——そういう記事を期待していた方には申し訳ないが、正直に書く。

私がよく読むのは、時代小説だ。

戦国時代を舞台にした小説を中心に、現代では東野圭吾の作品も読む。ビジネス書を全く読まないわけではないが、メインは小説だ。単身赴任の夜、佐世保の部屋で一人、時代小説を読む時間が、今の自分にとっての読書だ。

「それは仕事に関係あるのか」と思う人もいるかもしれない。でも、戦国時代の物語を読んでいると、仕事に通じると感じる場面が意外と多い。武将たちの判断、人間関係の動かし方、窮地での決断——現代の職場と、本質的に変わらないことがある。


戦国武将から学んだこと

時代小説を読んでいて「これは仕事に通じる」と感じるのは、主に人物の判断と決断の場面だ。

戦国時代は、情報が少ない中で、限られた時間に決断を下さなければならない場面の連続だ。「この敵はどう動くか」「今攻めるべきか、守るべきか」「誰を信じて、誰を疑うか」。そういった判断の積み重ねが、勝敗を分ける。

職場でも、似たようなことがある。限られた情報の中で判断しなければならない場面、どちらに動くか迷う場面、誰に相談して誰には言わない方がいい場面——戦国時代ほど命がかかっているわけではないが、判断の構造は似ている。

特に印象的なのは、窮地でも感情的にならない武将の描き方だ。追い詰められたとき、感情に任せて動いた武将は大抵失敗する。冷静に状況を把握して、次の一手を考えた武将が生き残る。これは、係長として部下を指導するときに通じると感じる。感情的に叱っても、先を見据えた指導はできない。あの気づきは、時代小説の影響もあったかもしれない。


小説を読むことの、ビジネス書にない価値

ビジネス書は、答えを教えてくれる。「こういうときはこうしろ」「成功する人はこういう習慣を持っている」。わかりやすくて、すぐに使えることが多い。

でも小説は、答えを教えてくれない。登場人物が判断し、行動し、その結果を受け取る。読者はその過程を追いながら、「自分だったらどうするか」を考える。

この**「自分だったらどうするか」を考えるプロセス**が、ビジネス書にはない価値だと思っている。

答えを与えられた知識より、自分で考えた知識の方が、実際の場面で使いやすい。戦国武将の判断を読みながら「自分がこの立場だったら」と考え続けることが、知らず知らずのうちに判断力を鍛えていたのかもしれない。


東野圭吾から学んだこと

時代小説以外では、東野圭吾の作品をよく読む。

東野圭吾の小説に出てくる人物は、みな複雑な事情を抱えている。悪人に見える人物にも、そうなるまでの経緯がある。善人に見える人物にも、隠された弱さがある。

読んでいると、「人間というのは、外からではわからない」という感覚が深まる。

職場でも同じだと思う。「あの人はこういう人だ」と思っていても、その人なりの事情や背景がある。合わないと感じた上司も、その人なりの考えがあった。気づけなかった部下も、外からは見えない何かを抱えていた。

東野圭吾を読み続けて気づいたのは、**「人を表面だけで判断してはいけない」**ということだ。これは傾聴を大切にしてきた自分の仕事観とも、どこかでつながっている。


読書は「仕事に直結」しなくてもいい

読書術の記事というと、「この本を読めば仕事が変わる」「ビジネスに活かせる読み方」という話になりがちだ。

でも正直に言う。時代小説を読んでいるとき、最初から「仕事に活かそう」とは思っていない。ただ面白いから読んでいる。戦国時代の世界に引き込まれて、武将たちの生き様を追っている。

それが結果として、仕事の判断や部下との向き合い方に影響していることがある。でもそれは副産物であって、目的ではない。

読書は、仕事に直結しなくてもいいと思っている。単身赴任の夜、一人で時代小説を読む時間は、仕事への投資ではなく、自分のための時間だ。その時間があるから、翌日また仕事に向かえる。


単身赴任の夜の、読書の話

佐世保の部屋は静かだ。

家族のいる家なら、テレビの音や家族の声で埋まる時間が、一人だと静寂になる。その静寂の中で、時代小説を開く。戦国時代の喧騒の中に引き込まれると、しばらく仕事のことも家族への気がかりも、頭から離れる。

読書は、私にとっての「何も考えない時間」でもある。佐世保の港で海を眺めるように、時代小説の世界に入ることで、頭がリセットされる。

眠れない夜も、本を開くと自然と眠くなってくることがある。物語に引き込まれているうちに、気づけば眠っている。睡眠薬より効く、私なりの処方箋だ。


「何を読むか」より「読む習慣があるか」

読書術について色々書いてきたが、結論はシンプルだ。

「何を読むか」より「読む習慣があるか」の方が大切だ。

ビジネス書でも、時代小説でも、東野圭吾でも、自分が続けて読めるものを読めばいい。「仕事に直結する本を読まなければ」というプレッシャーは、読書を義務にしてしまう。義務になった読書は、続かない。

好きな本を読み続けることで、知らず知らずのうちに何かが蓄積されていく。戦国武将の判断が仕事の参考になるように、直接関係のないところから学べることがある。

読書に正解はない。あなたが続けられる本が、あなたにとっての正解だ。


まとめ

私の読書は、ビジネス書より時代小説だ。戦国時代の武将の判断から、人の表裏を描く東野圭吾から、仕事に通じるものを感じることがある。でもそれは目的ではなく、副産物だ。

単身赴任の夜、一人で本を開く時間が、翌日の仕事を支えてくれている。

読書は、仕事のためだけにするものじゃない。 それだけは、27年間読み続けてきた経験から、自信を持って言える。


このブログでは、高卒・係長として27年間働いてきたリアルな経験をもとに、仕事やキャリアについて正直に書いています。単身赴任中の佐世保から、時々時代小説を読みながら書いています。

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