未明に鳴り続けた、電話のこと
27年間で一番つらかった時期を、と聞かれたら迷わず答えられる。
システム入れ替えのときだ。
新しいシステムの導入直後というのは、どうしてもトラブルが続く。それはある程度わかっていたことだった。でも実際に始まると、予想をはるかに超えた。未明に窓口からトラブルの連絡が入る。対応して、また連絡が来る。眠れない夜が続いた。
それが約半年間続いた。
「いつ終わるのか」という見通しが持てないまま、毎日を過ごした。昼間は通常業務をこなしながら、夜中に叩き起こされる。体も、気持ちも、じわじわとすり減っていった。あの頃の疲弊感は、今でも鮮明に覚えている。
どうやって乗り越えたか。正直に言う。ただただひたすら耐えた。
それだけだ。特別な方法があったわけではない。終わりが来ることを信じて、一日一日をこなし続けた。
「見てくれている人がいる」ということ
ただ耐えるだけだったが、それができたのには理由があった。
当時の上司が、その対応をずっと見てくれていた。
深夜の対応記録、翌朝の引き継ぎ、疲弊しながらもこなし続けた日々——上司はそれを、黙って見ていてくれた。特別な言葉をかけてもらったわけではないかもしれない。でも「見られている」という感覚が、あの半年間を支えてくれた。
誰かに見てもらえているということが、人間にとってどれほど大きな力になるか。あの経験で、身に染みてわかった。
その上司は今でも、自分の仕事の仕方のお手本になっている。管理職として部下にどう接するか、しんどいときにどう支えるか。言葉ではなく、背中で示してくれた人だった。
「仕事がつらい」には、種類がある
半年間の経験を経て気づいたのは、「つらさ」には種類があるということだ。
私が経験したのは、終わりが見えないつらさだった。毎晩トラブルが来るとわかっていても、いつ終わるかわからない。その先の見えなさが、体の疲れ以上に消耗させた。
職場で感じる「つらさ」は、大きく分けると以下のようなものがある。
人間関係のつらさ。 上司・同僚・部下との関係がうまくいかない。これは27年間で何度も経験した。合わない上司がいた時期、部下を守れなかったときの後悔——人間関係の消耗は、長く引きずる。
仕事の量・質のつらさ。 システム導入時のように、対応しきれないほどの仕事量が続く時期。あるいは、自分の能力を超えた難易度の仕事を任されたとき。
将来への不安からくるつらさ。 「このまま働き続けていいのか」「高卒の自分に将来はあるのか」——特に30代の頃、こういう漠然とした不安に悩まされた時期があった。
心身の疲弊によるつらさ。 眠れない夜が続き、体が動かなくなるような感覚。これが一番危険だ。放置すると、取り返しのつかない状態になる。
自分の「つらさ」がどの種類なのかを把握することが、対処の第一歩だと思っている。
ただ耐えるだけでよかった、という話ではない
半年間ただ耐えたと書いたが、それが正解だったかどうかは、今でもわからない。
あの頃の自分に言えることがあるとすれば、もう少し早く誰かに話せばよかったということだ。
未明のトラブル対応が続いているとき、家族には心配をかけたくなくて言えなかった。同僚には弱みを見せたくなかった。友人に話すことも、なんとなくためらっていた。結果として、一人で抱え込んでいた。
上司が見てくれていたことが救いだったが、自分から「しんどい」と声に出せていたら、もう少し楽だったかもしれない。弱音を吐くことへの抵抗感が、あの頃の自分にはあった。
今の自分は、部下に対してこう思っている。しんどそうにしている部下がいたら、声をかける。「見てるよ」と伝える。あの上司がしてくれたことを、自分もしたいと思っている。
「仕事がつらい」ときに、実際に助けになったこと
半年間の経験と、その後の27年間を通じて、本当に助けになったと感じることをまとめる。
「今日だけ」に集中すること。 半年続くとわかっていたら、最初から心が折れていたかもしれない。「今夜の対応だけ」「今日一日だけ」と区切って考えることで、なんとか前に進めた。先のことを考えすぎないことが、長丁場を乗り越えるコツだと今でも思っている。
「見てくれている人」を意識すること。 誰かに見られているという感覚は、思っている以上に力になる。上司でも、家族でも、誰かに「この人に恥ずかしくない仕事をしよう」と思えると、もう少し踏ん張れる。
小さなことでも「終わった」を積み重ねること。 毎晩トラブルが来ても、一つ一つ対応して「終わった」を積み重ねた。大きな目標が見えなくても、小さな「終わった」を積み上げていくことで、気づけば半年が過ぎていた。
休めるときに休むこと。 これが一番できていなかった反省点だ。トラブル対応が落ち着いた日も、次の連絡に備えて気が張り続けていた。今思えば、落ち着いた日にもっと意識的に休むべきだった。
「休むこと」は逃げではない
最後に、これだけは伝えたい。
本当につらいとき、休むことは逃げではない。
有給を取る、医療機関を受診する、上司や家族に「しんどい」と伝える——これらはすべて、長く働き続けるための選択だ。
あの半年間、私は休むことへの罪悪感を持ちながら耐え続けた。でも今は思う。もう少し早く「しんどい」と声に出せていたら、あそこまで消耗しなかったかもしれない。
心身の限界は、自分が思っているよりずっと早くやってくる。「まだ大丈夫」と思っているうちに、手遅れになることがある。
本当につらくて限界に近いと感じているなら、まず誰かに話してほしい。話すだけでいい。解決しなくてもいい。「聞いてもらった」という感覚が、次の一歩を踏み出す力になる。
27年間、そうやってなんとか続けてきた。あなたも、きっと大丈夫だ。
このブログでは、高卒・係長として27年間働いてきたリアルな経験をもとに、仕事やキャリアについて正直に書いています。格好いい話ばかりではなく、しんどかった時期のことも含めて。

