今から20数年前。高校を卒業して社会の門を叩いたばかりの私は、期待よりも圧倒的な「不安」に支配されていました。
当時の私には、何もありませんでした。特別なスキルも、気の利いた敬語も、複雑なExcelの数式も。事務机に座り、ひっきりなしに鳴る電話の音にビクつきながら、「自分は本当にこの場所で役に立てるのだろうか」と、冷や汗をかきながらモニターを眺めていたのを昨日のことのように思い出します。
あれから27年。バブルの余韻が消え、IT化が進み、働き方が劇的に変わる荒波の中で、私は事務職として生き残ってきました。今は係長として組織の調整役を担う私が、当時の「自分」のような、不安で押しつぶされそうな後輩たちへ伝えたいことがあります。
入社1年目の「最悪の体験」から始まった
入社3ヶ月目のことは、今でも鮮明に覚えています。
取引先への送付書類に誤りがあり、先方から厳しいクレームの電話がかかってきました。電話を取ったのは私でした。相手の怒声を受けながら、何を言えばいいかわからず、ただ「申し訳ございません」を繰り返すだけ。
電話を切った後、手が震えていました。上司に報告すると「なんで確認しなかったんだ」と叱責され、その場で泣きそうになりました。
「高校を出てすぐに働くとは、こういうことか」と打ちのめされた瞬間でした。大卒の同期は別の部署で「将来有望な新人」として扱われているのに、自分は基本的なことすらできない。そのギャップが、入社当初の私を深く苦しめました。
しかしこの「最悪の体験」が、私を変えるきっかけになりました。「もう二度とこんな思いはしたくない」という強い気持ちが、以降の仕事への向き合い方を根本から変えたのです。
「知らない」ことを隠さない勇気が、プロへの第一歩となる
新入社員の頃、私は「無知」を恥だと思っていました。周りの先輩たちが当たり前のように専門用語を使い、効率的に書類を捌いていく姿を見て、「早く追いつかなければ」と焦るあまり、分からないことを「分かったふり」をして過ごしてしまった時期があります。
しかし、27年経った今だからこそ断言できます。事務職において「分かったふり」ほど恐ろしいものはありません。
事務の仕事は、一つのミスが組織全体の歯車を狂わせる「精密機械」のようなものです。曖昧な記憶で処理した伝票や、適当に流した電話応対は、必ず後で大きなトラブルとなって跳ね返ってきます。
当時の私は、その恐怖から逃れるために「聞きまくる」という泥臭い方法を選びました。「こんなことも知らないのか」と思われるのが怖かった。でも、それ以上に「間違ったまま進むこと」の方が怖かったのです。
実際に聞きまくってみて分かったのは、プロに見えていた先輩たちも、実は「なんとなく」でやっていることが意外と多いという事実でした。私が粘り強く本質を問い直したことで、形骸化していた無駄な業務フローが見直されたこともあります。
「聞きまくる姿勢」は、恥ではありません。それは、仕事に対する誠実さそのものです。27年経った今でも、私は新しいシステムや制度を導入する際、誰よりも先に「教えてくれ」と頭を下げます。その謙虚さこそが、事務職としての寿命を延ばす唯一の術なのです。
「聞く力」を磨くための具体的な方法
ただ「わかりません」と言うだけでは、相手も答えにくいことがあります。私が実践してきたのは「自分の理解を先に伝えてから聞く」方法です。
「〇〇という理解で合っていますか?」「△△の部分がよくわからないのですが、具体的にはどういう意味でしょうか?」と聞くことで、どこまで理解できていてどこからわからないのかが明確になります。これにより、先輩も答えやすくなり、自分の理解も深まります。
また「同じことを2回聞かない」という自分へのルールも重要です。一度聞いたことは必ずメモし、次回は自分で確認できるようにする。この習慣が、「あの新人は教えがいがある」という印象につながりました。
失敗を個人の責任にせず「仕組み」で封じ込める
事務職として生きていれば、必ずミスをします。宛先を間違えたメール、一桁打ち間違えた数字、スケジュールの調整ミス。私もこれまで、顔が真っ青になるような失敗を数えきれないほど経験してきました。
若い頃の私は、ミスをするたびに「次は気をつけよう」と精神論で片付けていました。しかし、27年目の私は違います。「次は気をつけよう」は、何の解決にもなりません。人間は、必ずまた忘れる生き物だからです。
私が27年かけて辿り着いたのは、失敗を「仕組み」で封じ込めるという考え方です。ミスをしたら、自分を責める時間を5分で切り上げ、残りの時間を「二度と同じミスが起きないチェックリスト」の作成や、Excelの入力規制の設定に充てました。
失敗は、自分の能力が低い証拠ではなく、「今のやり方に欠陥がある」という貴重なサインです。そのサインを拾い上げ、一つずつ「仕組み」という名の防波堤を築いていく。その積み重ねが、やがて「あの人に任せれば絶対にミスがない」という、事務職にとって最高の称号である「信頼」へと繋がっていくのです。
私が実際に作った「仕組み」の例
入社5年目のころ、送付書類の確認漏れが3ヶ月連続で起きたことがありました。「気をつけよう」と思うたびに起きる。そこで私は「送付前チェックリスト」を作りました。宛先・件名・添付ファイルの有無・日付の4項目を必ず確認するルールを自分に課したのです。
このチェックリストを始めてから、同種のミスはゼロになりました。「仕組みを作ること」がいかに「気をつけること」より強力かを、身をもって証明した経験です。
チェックリストはシンプルで構いません。複雑にしすぎると続かない。「確認すべき3〜5項目」を付箋に書いてモニターに貼っておくだけでも、十分な効果があります。
「継続」という名の揺るぎない才能を信じる
事務職の仕事は、華やかさとは無縁です。毎日同じ時間にデスクに座り、同じような書類を処理し、人間関係の板挟みに遭いながら調整を繰り返す。時には「自分はただの歯車ではないか」と、虚しさを感じる日もあるかもしれません。
しかし、27年という歳月をかけて、私は一つの確信を得ました。「当たり前のことを、当たり前に、何十年も続けること」は、それ自体が凄まじい才能だということです。
一度きりの努力や、一瞬の閃きで評価される仕事もあります。しかし、事務職の真価は「安定感」にあります。景気が良くても悪くても、自分の感情が乗っていてもいなくても、変わらずに成果を出し続ける。その継続こそが、周囲に安心感を与え、組織の背骨となります。
継続を支える「小さな工夫」
継続するために必要なのは、根性ではなく「工夫」です。
私が長年続けてきたことのひとつに「毎朝のデスク整理」があります。始業前の5分間、デスクの上を整えることだけを決めました。たったそれだけのことですが、この5分が「今日も始まる」という気持ちの切り替えになり、27年間欠かさず続けています。
大きなことを継続しようとすると挫折します。「5分だけ」「1つだけ」という小さな単位で習慣を作る。それを積み重ねることで、気づいたときに「27年分」という財産になっています。
高卒であることは、最強の「経験値」になる
最後に、当時の自分に一番伝えたかったことをお伝えします。
高卒で働き始めることへの引け目を、私は長い間感じていました。大卒の同期と自分を比べては「自分は出遅れている」と思い込んでいました。
しかし27年が経った今、高卒で18歳から現場に立ち続けてきたことは、最強の「経験値」だったと確信しています。大学の4年間では絶対に得られない、現場の空気・人間関係の機微・トラブル対処の感覚——これらは、早くから現場に立った者にしか得られないものです。
出遅れていたのではありませんでした。別のルートで、別の財産を積み上げていたのです。
まとめ
27年目の私が、1年目の自分に伝えたい処世術をまとめます。
- 「知らない」を隠さない:分かったふりは最大の敵。聞きまくる姿勢が信頼を生む
- 失敗を仕組みで封じ込める:気をつけるより、チェックリストを作る方が100倍効果的
- 継続を小さな工夫で支える:根性より工夫。5分・1つの単位で習慣を作る
- 高卒という経験値を誇りに思う:別のルートで積み上げてきた現場の財産は本物
今、不安の中にいるあなたへ。大丈夫です。まずは一本のペンを正しく持つことから始めてください。その一歩が、27年後のあなたを、誰からも頼られる立派なリーダーへと導いてくれるはずです。
私は、あなたの静かな戦いを、誰よりも応援しています。

