ジムには通っていない
「運動習慣はありますか?」と聞かれたとき、胸を張って「はい」と言えるようになったのは、ある気づきがあってからだ。
ジムには通っていない。ランニングもしていない。朝早起きして決まった時間にウォーキングをする、という習慣もない。
でも毎日、歩いている。
職場まで歩いていく。帰り道を少し遠回りして帰る。 それだけだ。特別なことは何もしていない。でも27年間、これだけは続いている。
続いている理由は単純で、「習慣にしよう」と決めたのではなく、いつの間にかそうなっていたからだ。意志の力で続けている習慣は、しんどくなったときに崩れる。でも日常の動線に組み込まれた習慣は、やめる理由がない。
「職場まで歩く」を続けている理由
単身赴任で佐世保に来てから、職場まで歩くことが当たり前になった。
距離にしてどのくらいかは測ったことがないが、20分前後だと思う。朝、部屋を出て、街の空気を吸いながら歩いていく。その時間が、仕事モードへの切り替えになっている。
電車やバスで通勤していたとき、職場に着いてもなんとなく頭が起きていない感覚があった。でも歩いて着いたときは、体が動いている分、頭も自然と働き始めている。
特別なことは何もしていない。ただ、歩いて行くだけだ。でもその20分が、一日の仕事の質に影響していると実感している。
帰り道の「遠回り」が、一日をリセットする
帰り道を遠回りして帰るようになったのは、もっと単純な理由だった。
「まっすぐ帰ると、なんとなく気持ちが切り替わらない」という感覚があったからだ。職場から部屋まで最短ルートで帰ると、職場の空気をそのまま部屋に持ち込んでしまう感じがする。
少し遠回りして、別の道を歩く。商店街を抜けたり、港の方に回ったり。その日の気分でルートを変える。大して距離は変わらないが、「職場→歩く→部屋」という間に小さな切れ目が入る感覚がある。
仕事のことをずっと考えながら歩いているときもある。でも歩いているうちに、自然と考えが整理されてくる。部屋に着いたとき、頭の中が少しすっきりしている。それだけで十分だ。
「続く習慣」と「続かない習慣」の差
27年間で、色々な習慣を試してきた。続いたものと、続かなかったものがある。
続かなかったものの共通点は、「特別な時間を作らないといけない」習慣だった。
ジムに通おうとしたとき、「週3回行く」と決めた。でも仕事が忙しくなると行けない日が続き、「また行けなかった」という罪悪感が積み重なって、やめてしまった。
続いているものの共通点は、「やらない理由がない」習慣だ。
職場まで歩くのは、どうせ行かなければならない場所に向かうだけだ。遠回りして帰るのも、帰り道のバリエーションを変えるだけだ。「今日はやめよう」という選択肢が、そもそも頭に浮かびにくい。
習慣を作ろうとするとき、「どれだけ意志を強く持つか」より「やめる理由をなくすか」の方が大事だと、経験から思っている。
歩くことで気づいたこと
歩き続けてわかったことがある。
頭は、歩いているときに一番動く。
デスクの前で行き詰まっていた問題が、歩いている最中に急に解決の糸口が見えることがある。「なぜだろう」と考えても答えが出なかったことが、帰り道を歩いているうちにぽっと浮かんでくる。
脳が体の動きと連動して活性化するのかもしれない。理屈はよくわからないが、「歩くと考えがまとまる」という感覚は27年間で何度も経験してきた。
株主総会のスケジュールを飛ばしかけた日も、外出先を歩いていたから部下の電話に気づいた。歩いていることで、意識が外に向いていた。それが結果として、あのギリギリの間に合いにつながった。少し強引な解釈かもしれないが、「歩いていてよかった」と思った出来事のひとつだ。
単身赴任の街を歩くこと
佐世保という街は、歩いて面白い街だと思っている。
坂が多い。路地が入り組んでいる。少し歩くと港が見えてくる。いつもと違う道を歩くと、知らなかった小さな店が見つかる。気取らないさせぼバーガーの店も、タコスの店も、歩いているときに見つけた。
休日に港の五番街あたりまで歩いて、海を眺めてぼーっとする時間も、私の「歩く習慣」のひとつだ。目的地に向かうための歩きと、ただ歩くための歩き。どちらも、単身赴任の生活を支えてくれている。
単身赴任で一人でいると、「誰かに話す」という選択肢がない夜がある。そういうとき、歩くことが代わりになる。歩いているあいだ、頭の中で自分と対話している感覚がある。誰かに話せなくても、歩けば少しだけ楽になる。
まとめ:特別なことをしなくていい
運動習慣を作ろうとして、うまくいかなかった経験がある人は多いと思う。ジムを申し込んで、気づいたら行かなくなった。ランニングシューズを買って、押し入れに眠っている。
私の答えは、特別なことをしないことだった。
職場まで歩く。帰り道を遠回りする。 それだけだ。27年間、これだけが続いている。
大げさな習慣を作ろうとしなくていい。今の生活の中に「少し歩く余地」を見つけるだけで、十分だと思っている。一駅分歩く、エレベーターより階段を使う、帰り道を少し変える——どれも小さなことだ。でも小さなことが、27年間積み重なると、それなりのものになる。
今夜の帰り道、少しだけ遠回りしてみてほしい。
このブログでは、高卒・係長として27年間働いてきたリアルな経験をもとに、仕事やキャリア、単身赴任の日常について正直に書いています。佐世保の街を歩きながら、よく考えています。

