私は「高卒」という学歴で社会に出、27年かけて「係長」というポジションまで辿り着きました。ここには、大卒のエリート街道とは違う、泥臭い現実と「見えない壁」が存在します。特に係長という立場は、現場の最前線で実務をこなしながら、上層部からのプレッシャーを受け、部下や後輩の面倒を見るという「板挟み」の象徴です。
大卒の新入社員が、自分より高い初任給で入ってくる。若くして昇進していく後輩たちを横目に見ながら、現場の泥臭い仕事を一手に引き受ける。それが私のキャリアのリアルでした。しかし、今振り返って思うのは、学歴の壁を壊すのは「肩書き」ではなく、圧倒的な「実務の専門性」であるということです。
現場でしか得られない「勘所」という財産
大卒の社員がマーケティングや経営戦略の理論を学んでいる間、私は現場で「数字のズレ」を追い、クレームの電話を受け、納期に間に合わせるために[トラックボール]を回し続けてきました。この27年間の蓄積は、教科書には載っていない「現場の勘所」となって私の血肉になっています。
例えば、Excelの数式一つをとっても、ただ動けばいいのではなく「誰が触っても壊れない、引き継ぎやすい設計」を徹底する。これは、理論だけでは決して辿り着けない、現場の痛みを知る者だけが持つ視点です。
複雑な集計作業の際、私は常に[MX KEYS mini]でリズムを刻みながら、データの中に潜む「違和感」を嗅ぎ取ります。システムが出した数字を鵜呑みにせず、「何かがおかしい」と気づける力。それは、何万時間という実務の中で培われた、高卒叩き上げの特権とも言える専門スキルなのです。
27年目のエピソード:学歴の壁を「正確さ」で粉砕した日
数年前、全社的な大規模プロジェクトのデータ集計を任された時のことです。周囲は大卒の若手エリートばかり。彼らは華やかなプレゼン資料を作るのは得意でしたが、土台となるデータの整合性を検証する地道な作業を軽視していました。
私は、彼らが作った「見た目だけは立派な集計シート」の致命的な欠陥を見抜きました。参照範囲が一行ずれていたのです。もしそのまま運用されていたら、会社に数千万円の損失が出る可能性がありました。
私は黙って[トラックボール]を操り、[ロルバーンのノート]に修正案を書き出し、誰よりも正確で、誰にでも検証可能な「鉄壁の集計シート」を再構築しました。それを見た上層部が放った「結局、しんさんに任せれば間違いないな」という言葉。あの瞬間、私の心の中で「学歴」という壁は音を立てて崩れ去りました。
肩書きで仕事をするのではなく、信頼で仕事をする。そのために必要なのは、一流の道具を使いこなし、一分の隙もない成果を出し続けることなのです。
係長という「板挟み」を生き抜く精神防衛術
係長というポジションは、上からの数字目標と、下からの不満の波に晒される、最もストレスフルな位置にあります。特に高卒叩き上げの場合、現場を知りすぎているがゆえに、部下の苦労を背負い込み、自分を追い詰めてしまいがちです。
ここで重要なのは、自分を「管理職」と考える前に、プロの「調整役」だと再定義することです。組織の結節点として、情報の流れをスムーズにする。そのためには、自分自身の余裕を死守しなければなりません。
騒がしいオフィスで集中を削がれそうになった時、私は[Zone Vibe 100]を装着します。物理的に外部のノイズを遮断し、「今は司令塔として判断を下す時間だ」と自分に言い聞かせる。両手が自由になるヘッドセットで電話応対をこなしつつ、冷静に[ステッドラーのペン]で次の指示をノートに記す。
この立ち居振る舞いの余裕こそが、部下からの信頼と上司からの評価を同時に勝ち取る唯一の道でした。余裕がないリーダーには、誰もついてきません。たとえ心の中が不安でいっぱいでも、装備を整え、プロの顔でデスクに向かうのです。
誇り高き「現場のプロ」であれ
高卒であることは、決してマイナスではありません。むしろ「現場を誰よりも知っている」という最強のアイデンティティです。学歴の差を嘆く時間は、[ロルバーンのノート]に向かって自分の強みを整理する時間に充てましょう。
自分の選んだ道具を愛し、自分の仕事を尊重する。その姿勢があれば、周りはあなたのことを「高卒の係長」ではなく、「替えのきかない実務のプロ」として見るようになります。27年という月日は、私にそう教えてくれました。キャリアの道は一つではありません。現場から、自分なりのやり方で頂上を目指す。
私たちは、たとえ学歴がなくとも、実力で組織を動かすことができる。その誇りを胸に、明日も最高のデバイスとともに、デスクという名の戦場へ向かいましょう。
