はじめに
「人を育てることが、こんなに難しいとは思わなかった」——係長になって最初の数年間、私はこの言葉を何度も心の中でつぶやきました。
担当者として働いていた頃、「自分ならこうする」という仕事のやり方が明確にありました。だからこそ、部下がそのやり方と違う動きをしたとき、「なぜできないのか」という苛立ちを感じてしまっていました。
最初の部下(Aさんとします)との関係は、今思えば最悪のスタートでした。私が「こうやるんだ」と教えたやり方を、Aさんは何度やっても同じミスを繰り返す。私はだんだん説明が短くなり、Aさんは萎縮して報告が遅くなる——という悪循環に陥りました。
Aさんは入社1年後に退職しました。退職の理由を直接聞く機会はありませんでしたが、私の指導が原因の一つだったと今でも思っています。これは、私の管理職人生で最大の失敗です。
この記事では、その失敗から学び、試行錯誤を重ねた末に気づいた「人を育てることの本質」をお伝えします。
私が犯していた「育て方の間違い」
Aさんとのことを振り返ると、私は根本的な部分で間違っていたと気づきます。
間違い①:「自分のやり方」を押し付けていた
私は「自分がうまくいったやり方」を、部下にそのまま教えることが指導だと思っていました。しかし人によって、得意な方法・覚えやすい方法・向いているやり方は違います。
「私はこうやって成功した。だからあなたもこうやれ」——この押し付けが、Aさんの個性と能力を活かせないまま、苦手な方法をひたすら繰り返させることになっていました。
間違い②:「できないこと」にフォーカスしすぎた
Aさんは、対人コミュニケーションは得意でした。取引先の方との電話対応は、入社直後から丁寧で好評でした。しかし私は「ミスをした箇所の修正」にばかり注目していて、Aさんの得意を活かすことを考えていませんでした。
できないことを指摘し続けると、人は自信を失います。自信を失うと、さらにミスが増える。この悪循環に気づけなかったことが、最大の反省点です。
間違い③:部下の「困り感」を聞いていなかった
Aさんが何に困っているのか、何がわからないのかを、私は十分に聞いていませんでした。「教えたはずだから、わかっているだろう」という思い込みで、一方的に指示を出し続けていました。
コミュニケーションが一方通行になっていたことが、問題を悪化させていました。
失敗から学んだ「育てることの本質」
Aさんの退職後、私は「人を育てること」を本気で学ぼうと思いました。本を読み、社外の研修に参加し、尊敬できる管理職の先輩に話を聞きました。
その中で、最も大切だと感じた考え方が「育てるとは、相手が自分で成長できる環境を作ること」でした。
上司が「教える」のではなく、部下が「気づく」仕組みを作る。答えを与えるのではなく、考えるための問いを与える。これが、本当の意味での「育てること」だという気づきでした。
実践!人が育つ環境の作り方
①「強みを見つける」ことから始める
今の私が新しい部下を迎えるとき、最初の1ヶ月は「この人の強みはどこか」を観察することに集中します。
仕事の速さ・正確さ・コミュニケーション力・気配り・アイデアの豊かさ——どんな人にも必ず得意なことがあります。その強みを見つけ、「あなたはこれが得意ですね」と伝えることから始めます。
強みを認められた人は、自信を持って動けるようになります。その自信が、苦手なことへの挑戦する力にもなっていきます。
②「なぜそうするのか」を必ず伝える
指示だけを伝えて「やり方」を教えても、応用が利きません。「なぜこのやり方をするのか」という理由を伝えることで、部下は自分で考えて判断できる力がつきます。
たとえば「この書類は必ず2回確認してから出してください」という指示なら、「なぜなら、この書類は取引先との契約に関わるため、一度ミスがあると修正に相手方の時間を大きく使わせてしまうからです」という理由をセットで伝えます。
理由を知っている部下と、知らない部下では、2年後の成長に大きな差が出ます。
③「問い」で考えさせる
部下から「どうすればいいですか?」と聞かれたとき、私はすぐに答えを出さないようにしています。「あなたはどう思いますか?」と返すことで、部下が自分で考える習慣をつける練習にします。
最初は「わかりません」という答えが返ってくることもあります。そのときは「じゃあ、どんな選択肢があると思いますか?」と問いを変えます。考える機会を奪わないことが、長期的な成長につながります。
最初のうちは時間がかかりますが、半年後・1年後には「自分で考えて動ける部下」が育ってきます。この変化を見たとき、指導の苦労が報われたと感じます。
④「失敗を責めない」文化を作る
部下がミスをしたとき、私が聞くのは「なぜそうなったか」と「次はどうするか」の2点だけです。「なぜそんなことをしたんだ」という感情的な責めは絶対にしません。
失敗を責めない雰囲気があると、部下は早期に報告するようになります。小さなミスのうちに共有されることで、大きな問題になる前に対処できます。
また、失敗から学んだことを「次に活かせた経験」として前向きに捉える文化が生まれると、チーム全体の成長速度が上がります。
⑤「成長を言語化して伝える」
部下の成長を、本人が気づいていないことがよくあります。「先月よりもこの部分が上達しましたね」「最初の頃に比べて、判断が速くなりましたね」——こうした具体的なフィードバックを伝えることで、部下は自分の成長を実感し、さらに前向きに取り組むようになります。
人は「自分が成長している」という実感があるとき、最もモチベーションが高まります。その実感を作り出すことも、管理職の重要な仕事です。
Aさんへの後悔と、今の私
Aさんが退職してから数年後、偶然街で見かけたことがあります。声をかけることはできませんでしたが、元気そうな様子に安堵しました。
あのとき、もっと話を聞いていれば。強みを見つけようとしていれば。答えではなく問いを投げかけていれば——そういう後悔は今でもあります。
しかしその後悔が、私をより良い指導者にしてくれたことも事実です。Aさんとのことがなければ、「育てることの本質」に気づかなかったかもしれない。
今の私のチームには、入社2年目の部下が一人います。最初は自信なさそうだった彼が、最近「係長、この件はこう対応しようと思いますが、どうでしょうか?」と自分から提案してきたとき、胸が熱くなりました。
「人を育てること」は、管理職として最も難しく、最もやりがいのある仕事だと、今は心から思っています。
まとめ
新人教育の失敗から学んだ「育てることの本質」をまとめます。
私が犯していた3つの間違い
- 自分のやり方を押し付けていた
- できないことにフォーカスしすぎていた
- 部下の困り感を聞いていなかった
人が育つ環境を作る5つの実践
- 強みを見つけることから始める(最初の1ヶ月は観察に集中)
- 「なぜそうするか」を必ず伝える(やり方ではなく理由を教える)
- 「問い」で考えさせる(答えを与えず、考える機会を作る)
- 失敗を責めない文化を作る(早期報告が生まれ、問題が小さいうちに解決できる)
- 成長を言語化して伝える(本人が気づいていない成長を具体的に伝える)
育てることは、時間がかかります。すぐに結果は出ません。しかし1年後・2年後に「自分で考えて動ける部下」が育ったとき、その喜びは何物にも代えられません。27年間の現場で、それを何度も経験してきました。
